最高裁判所第三小法廷 昭和37年(あ)1191号 判決 1963年12月24日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役四月に処する。
ただし、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
第一審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
検察官の事件受理申立理由について。
刑法二五八条にいわゆる「公務所ノ用ニ供スル文書」とは、その作成者、作成の目的等にかかわりなく、現に公務所において使用に供せられ、又は使用の目的をもって保管されている文書を総称するものと解すべきである。したがって、現に公務所において使用又は保管中の文書であるかぎり、それが証明の用に供せられるべき文書であっても、そうでない文書であっても、この罪の客体となりうる点に変りはない。原審の認定した本件毀棄の事実は、昭和三四年二月一四日国鉄労働組合広島第二支部が可部線合理化反対斗争を行ない、同線に列車遅延等の事態が生じたさい、同線下祇園駅助役らが、管理所長の命により、急告板に白墨を用いて「組合の不法行為により乗務員がらちされ、各列車が遅延又は運転中止にあっております。当局はできるだけ努力して列車の運転を確保していますが以上の理由により大変御迷惑をおかけしておりますことをお詫び致します」と記載し、これを同駅待合室に掲示しておいたところ、被告人は、勝手にこれを取りはずし、同駅通路に持ち出したうえ、黒板拭をもってその記載文言を全部抹消したというのであって、本件毀棄の客体となった右文言掲載の急告板は、法律上文書たるに欠けるところなく、まさしく公務所(日本国有鉄道法三四条、刑法七条参照)において現に使用に供せられている文書に該当するものというべきである。原判決は、刑法二五八条にいう公用文書は証明の用に供せられるべき書類であることを要するとし、本件文書は、その内容が旅客に対する報道ないしは陳謝文である等の点で証明の用に供するものとは認めがたいから、同条の公用文書に当らないとするのであるが、本件文書が証明文書たる性質を全く有しないかどうかの点は別として、刑法二五八条の公用文書に右のような制限が存するとする解釈に誤りがあることは前叙に照らして明白である。したがって、原判決が、証拠にもとずき前記毀棄の事実を認定しながら、被告人の所為を刑法二五八条の公文書毀棄罪に当らないとし、これを同法二六一条の器物毀棄罪に問擬したのは、法令の適用を誤ったものであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する場合といわなければならない。論旨は理由がある。
弁護人西田公一、同外山佳昌の上告趣意第一は、判例違反、法令違反を主張するが、右はいずれも前記毀棄の事実につき、これを刑法二六一条の器物毀棄罪に問擬し、かっこの事実に関する告訴の効力を認めた原判断を非難するに尽きるものであるから、右の原判断が前記のとおり擬律の点において破棄されるべきである以上、この論旨はすべてその前提を欠くにいたるものである。
同上告趣意第二は、原認定にかかる事実の全部にわたり、事実誤認、単なる訴訟法違反を主張するものであって、刑訴四〇五条の上告理由に当らないのみならず、原判決が所論の如く証拠の取捨を誤り、事実を誤認した点も認められないので、論旨は採るをえない。
以上により、被告人の上告は採るをえないが、検察官の上告は理由があるものと認め、原判決を破棄し、同四一三条但書により被告事件について更に判決をするものとする。
原判決の認定にかかる、急告板毀棄の事実(原判示中「以て右文書」とある部分を「もって公務所の用に供する文書」と訂正する。第一審判示第一の事実)は刑法二五八条に、公務執行妨害の事実(第一審判示第二の事実)は同法九五条一項に、脅迫の事実(第一審判示第三の事実)は同法二二二条一項罰金等臨時措置法二条三条に各該当するので、公務執行妨害及び脅迫の罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条、一〇条により最も重い公文書毀棄罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、第一審における訴訟費用は刑訴一八一条一項本文により全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一)